しとしとと降る雨
 傘を差して歩いてゆく人々
 上から見下ろせばいつもとは違う風景に映るんだろう。
 いつくもの傘があって
 いくつもの色で埋め尽くされて

 その中に俺のがあって

 その中にあの人のがあって


 そう思うと、雨の日も悪くはない。










 colors
  3 −傘の色−














 サイバーとの騒動があった翌日。その日はバイトがあった。
 バイト中はなんとかバイトのことだけに頭を切り替えることができた。忙しいからもあるが。
 それでも、休憩時間になるとあの人のことを考える。
 あまりにもその時の俺がぼけーっとしていたからか、あるいは何か別の状態に見えたのか。
 手が空いて奥に戻ってきた店長が俺を見た。
「リュータ、今日はもうあがっていいぞ」
「え、でもまだ九時にもなってないですよ?」
 俺のバイトの時間は五時から十時。まだ時間はある。
「今日は人でも足りてるし、ここ最近休みなかったうえに残ってやってくれてただろ、お前。だから大丈夫だ」
 実は比馳政でのバイトは中三の時からやってたりする。だから店長とは店長の人柄のせいもあり、割りと仲が良い。
 だから、たまにこうやって言ってくれることもある。

「それに、体壊されたら大変だしな」

 DTOと同じようなことを言われてしまった。
 だから気にしてくれてたのか。…そんなに疲れてるように見えるのか、俺。
 まぁ確かにここ最近休みがなかったのは事実なんだけど。
「…それじゃあ、お言葉に甘えて…」
「外、今日も雨降ってるから気をつけろよ」





 まだ六月にもなっていないのに、今週は雨が多い。そのせいで五月なのに肌寒い。
 でも天気予報によると、雨は明日で終わりらしい。
 気分的に言えば嬉しいのだが、あの人と一緒にバスに乗れないのは少し寂しい。
 家に帰ったらおでんが食いたい、と急に思いつきスーパーに寄ったら色々と特売日だった。
 両親が共働きだから殆ど放任されてるようなもので、夕飯も材料から全部自分で選ぶ。まるで主婦。
 時刻は十時近くなっていた。買い物を長引かせすぎた。
 家に着く頃にはいつもバイトから帰ってくる時間と変わりないかもしれない。
 歩いて駅まで行くのも面倒なので、バスが残っていないかと近くのバス停に駆け込んだ。
 時刻表を見ようとしたその時、異様な光景が目に飛び込んだ。

 ライム色のゴミ箱に青い傘がささっている。しかも開いたまま。

 忘れたにしてはおかしかった。でもそんなことよりも、俺はこの傘にデジャヴを感じた。
 そしてそれはすぐに解消された。

 ――いや、でもまさか、な…。

 でも、なんでこんなところに傘なんか――


 ガタッ


「!?」
 触ってもいないのに、ゴミ箱のふたが落ちた。
 何か、中にいる。
 恐る恐るゴミ箱の中を覗こうとしたその時、その何かが顔を現した。

「にー」

「な、なんだよ…驚かせやがって…」
 ゴミ箱の中にいたのは猫だった。大きさから言えばまだ仔猫で、毛並みはクリーム色。
 ひょっこりと顔を出したその猫の、なんか和むような表情を見て気が緩んだのか、へなへなとその場にしゃがみ込んでしまった。
「にー♪」
 猫はゴミ箱から出てきて、俺の足に頬擦りしてきた。野良にしては人懐っこいヤツだ。
 そっと頭を撫でてやると猫は気持ち良さそうな顔をした。ふわふわした短い毛並みが気持ちいい。
「腹減ってるのか?」
「にー」
 まるで俺の言葉をちゃんと理解しているかのように、猫は鳴いた。そしてまた頬擦りをする。
 どうやら腹は減っていないらしく、かまって欲しいようだ。
 よく見るとゴミ箱の近くに空になったまぐろのネコ缶が落ちていた。誰かがこの猫にあげたのだろうか。
「遊んでやってもいいんだけど…早く帰らなきゃいけないんだ。ゴメンな」
「にー…」
 なんだか寂しそうな顔をするので、少し胸がチクリと痛んだ。
 せめてもと思い、雨で寒くならないよう、持っていたタオル(百均で買った白いやつ)を巻いてやってから猫をゴミ箱に戻した。
 そいつはタオルに包まれてなんだか幸せそうだった。この表情が百均タオル一枚なら安いもんだ。
 でも…誰だか分からないけど、こんな見落としてしまいそうな小さな命に気づいて傘を差していってあげるなんて、なんて優しい人なんだろう。
 ふと、あの人の顔が脳裏に浮かぶ。
 あの人ならするかもしれない。
 なんて考えてみたり。
「また暇があったら来てやるよ」
「にー♪」
 もう一度頭を撫でてやると猫は嬉しそうだった。
 丁度バスが到着した。
 名残惜しいが、猫に別れを告げてバスに乗り込んだ。
 なんだか得した気分だ。





 翌日、天気予報通り、またしても雨。
 またあの人と一緒にバスに乗れる日。
 いつものようにバス停で待っていると、あの人はいつものようにアパートから出てきた。
 けれでも、今日のあの人はいつもと少し違った。



 スーツの緑
 カバンの茶色
 髪のオレンジ



 色が一つ、足りない。



 傘の青





 心臓が跳ねた。










 小さな仔猫のために置いてかれたあの青い傘は





 俺の予想通り、あの人の傘だったのだ。



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あとがき
ついにでましたよ、ししゃもがv
リュータと戯れてるししゃももとても可愛いと思うのですが。
ついでにさ、ししゃものゴミ箱の色ってライム色っていうよりアクアマリン色に近いんだよね。
でも、どっちかっていうとゴミ箱だからライム色にしましたよ。


2004/12/5