夢をみた。
その人に遊んでもらった記憶はない。
あったとしてもそれはアルバムの中で、 僕自身にその記憶はない。
だからその人がやってきた時にどんなに喜んで、
その人が言った言葉にどんなに悲しんだか。
今振り返れば、あの子と少し重なって見える自分。
同年代の友達は少なかった。
顔のこともあったし、色々と事情があったから。
逆に嫌な記憶の方が多いかもしれない。
自分で自分を追い込んでいたのにも気づかずに。
今でも、あの人のようになれたらと思う自分。
全部、雨の日。
そんな、昔の自分の夢を見た。
どうしてだか分からないけれど
酷く、君に会いたくなった。
しっかりしろ、自分。居眠りなんてどうしたんだ。
「ふぅ……」
顔を洗うもイマイチすっきりしない。きっと夢のせいだと佐藤は鏡に映った自分を見た。
別に調子が悪いわけではない。寧ろ最近は良い方だ。
仕事も慣れてきて、家に帰ればししゃもが待っていて、リュータ君が遊びに来るのが楽しみで。
なのに、昔の自分の夢を見るなんて。
それも今日だけではない。ここ数日ずっと同じ夢ばかり。でも今日は特に鮮明と夢に出てきたのだ。
(……遅い五月病かな……?)
もう一度鏡の中の自分を見て、思わず溜息がこぼれた。
気合いを入れようと顔を叩き、そろそろ仕事に戻ろうと手洗いから出た。
「あれ? もしかして佐藤?」
突然名前を呼ばれて佐藤は振り返った。そこには同い年ぐらいの男が立っていた。
同じ部署の人ではないし同期の人でもない。誰だろうと佐藤は首を傾げた。
「えっと……どなたでしたっけ?」
「なんだよ……覚えてないのか?」
そう言い男は佐藤を壁際に追い詰める。
はっと今と同じような光景が佐藤の脳裏をよぎった。
「もしかして……」
「全然変わってないな、役立たずの佐藤ちゃん?」
ビクッと佐藤の体が震えた。
相手はその様子を見て面白そうにニヤニヤと笑っている。
「もしかしてその女顔で面接官か何かたぶらかして入ったのか?」
「……そんなこと、できるわけないじゃないですか」
目を合わせないように顔をそらした。隙があれば逃げ出したかったが、それが許されない状況だった。
「随分と生意気な口利くようになったな、役立たず」
「僕は、役立たずなんかじゃありません」
「昔もそう言ってたよな、お前。役立たずはいらないのになぁ?」
またビクリと佐藤は反応した。
倒れてしまいそうな自分をなんとか抑え、男を睨みつけた。
「なんだよ、その目は」
「いらない人なんて、いません」
「ふん。俺、知ってるんだぜ。お前が――」
「コラ! また何やってんのよアンタは!?」
突然の怒鳴り声に男は驚いてそそくさと逃げていった。
ほっと胸を撫で下ろし、佐藤は声の主に目を向けた。
「ありがとうございます、モモコさん……」
「少し遅かったから心配になってね」
「……すみません」
「謝ることじゃないわよ」
まだ表情が暗い佐藤にモモコは微笑みかけた。
「アイツ、ああやって人を脅すのよ。佐藤君、真面目だから気になると思うけど無視しちゃって全然平気よ」
モモコも同じ部署の人も皆優しい人ばかりだ。
自分は恵まれた職場に就けたと思う反面、さっきの男の言葉が佐藤の脳裏をよぎる。
『役立たずはいらないのになぁ?』
「大丈夫ですよ」
心配させてはいけないと思い、なんとか笑みを返した。
あの人に相談してみようかとも思った。
けれどもう社会人になったのだから人に頼ってばかりいられない。
逆にそれがあの人に心配をかけるのではないかと考えてしまう。
でも頼ってばかりでは――考えが空回りするばかりだ。
何故自分はこうなんだろうと、気持ちが暗い方へと傾いてしまう。
「佐藤さん?」
「え……あ、何?」
リュータの声で佐藤は今自分はリュータに勉強を教えていたんだと、我に返った。
不意にリュータの手が佐藤の額に当てられた。
「……ちょっと熱いんじゃないですか?」
「傘差さずに帰ってきちゃったから、風邪ひいたのかも」
何気なく佐藤はいつもののほほんとした表情で言ったが、リュータは目を丸くして叫ぶ。
「傘持ってなかったんですか!? てか、そうなら早く言って下さいよ!!」
「だってリュータ君、ウチに来るの楽しみにしてたみたいだし……」
するとリュータはキッといつもとは違う表情で佐藤の顔を見た。思わず佐藤は固まってしまう。
「ダメです。とにかく休んで下さい。俺、なんか食べやすそうなもの買ってきますから」
すっと立ち上がるとリュータは自分の財布を取って玄関へと向かった。
「ごめん」
佐藤の弱々しい声に思わずリュータは立ち止まって振り返った。
落ち込んでいるのか佐藤にはさっきまでの笑顔はない。
「佐藤さん?」
「役に立てないで……ごめん」
いつもの佐藤らしくないと思ったのだろう。リュータは明るく笑って言った。
「そんなことないですよ。俺は佐藤さんに感謝してるんですから」
また玄関の方を向いて佐藤に背を向けた。
「今じゃなくていいですけど……何かあったら言って欲しい。俺、できる限り佐藤さんに力になりたいから」
じゃあ行ってきますと、リュータは出て行った。
「……ありがとう」
すぐに閉められたドアを見つめて佐藤は呟いた。
「三十七度五分……」
翌日の朝、体がだるかったので体温を測ってみれたらこうだった。
あの後リュータに色々言われたので薬を飲んで寝たのだが、どうやら効かなかったらしい。
幸い微熱なので仕事を休むほどではない。
少しふらつきながら支度をしているとししゃもが足に擦り寄ってきた。
「にー……」
まるで心配しているような鳴き声。
ししゃもにも心配かけるなんてと、思わず自嘲の笑みがこぼれた。
「大丈夫だよ、ししゃも。それに仕事はなるべく行かないとけないから」
なだめるようにししゃもの頭を撫でた。
ししゃも落ち着かせるためだったのに、何故か自分の方が落ち着かされているような気がした。気が滅入っているのかもしれない。
ふぅと一息つくと佐藤は鞄と傘――今日も夜に雨が降るそうだ――を持った。
「じゃあ、行ってきます」
大人しくちょこんと座って見送るししゃもに笑顔を向けた。
あとがき
嫌がらせ男はオリジなのでポプキャラではありません(ぉぃ
珍しくリュータが強気に出ましたよ(笑
2005/07/02 幸 ゆきな