弱く優しい雨は好き
 大切な思い出 大切な出会い
 それを運んできてくるから


 強く激しい雨は嫌い
 大切な思い出 大切な出会い
 それを奪い取ってしまうから

 嫌い

 大嫌い


 早く止んで


 だって


 見えない

 見えないんだ


 何も



 ねぇ





 イカナイデ















 DTOに頼まれてプリントを取りに来るよう言われたリュータはしぶしぶと職員室に向かった。
 別に自分でなくともと言ったのだが、「お前の方が頼みやすい」と言って毎回こき使われる。完全に断りきれないリュータもリュータなのだが。
(俺ってそんなにパシリにしやすいのか……?)
 そう考えると思わず大きな溜息が出てしまった。
「センセー。取りに来ましたー」
「おう。すまんな」
 ドンと重いプリントの束を渡され、またしぶしぶと戻ろうとしたその時、
「そういえば、リュータ」
「あ?」
 声をかけられたので首だけ振り返るとDTOがニヤニヤと笑っているのが見えた。
「この後、英語のテスト返すからな」
 それを聞いてリュータは危うくプリントを廊下にぶちまけるところだった。


「この間のテスト、返すぞー」
 その一言に教室中がざわめく。何故ならテストは昨日終わったばかりだからだ。
 お前らのために徹夜したんだぞー、とDTOは言うが、生徒からすればそんなこと徹夜してまでやらなくてもいいと思っているだろう。
 リュータとしては、一体何点取れたかが心配でならない。
(せっかく佐藤さんに教えてもらったのに、三十点以下とかだったら……!)
 会わす顔がないと言ったところだ。
 自分の中ではそれなりにできたと思うのだが、そういう時ほどいつも赤点ギリギリが多いので不安なのである。
「次、リュータ」
「は、はいっ!」
 ぎこちなく立ち上がり、恐る恐る教卓の前へと歩いていく。
 DTOは相変わらずニヤニヤとリュータを見ている。
 リュータは思わず目を瞑ってまるで表彰状でも受け取るかのようにテストを受け取り、裏返したままの状態で席に戻った。そのぎくしゃくした歩き方を見てクスクス笑っている人も数名いた。
「リュータ、ちゃんと点数見ろよー」
 なんだって今日はそんなにニヤニヤ笑ってるんだアイツは、と思わずキレそうになったが一先ず深呼吸をして恐る恐るテスト用紙を表に返した。

「……ま、マジでぇぇぇ!!?」

 そのリュータの驚愕の叫びは隣の教室にまで響き渡ったとか。




「〜♪」
「お、リュータ。今日はやたらと機嫌がいいじゃないか。何かいいことでもあったのか?」
「あ、店長! それがですね、いいことあったんですよ〜」
 ルンルンと仕事中なのに鼻歌でも歌いだしそうなリュータ。その様子を見て店長は思わず苦笑いを浮かべていた。
「そんなに元気が有り余ってるなら入り口の水拭いて来い」
「分かりましたー。また雨降ってるんですか? なんかすっげー音……」
 入り口の側にいなくともその激しい音は聞こえてくる。
 よくバケツをひっくり返したような雨という表現をするが、それよりももっと酷い雨だとリュータは感じた。
 明るい気分でいるのに、落ち込んだ気分に落とされそうなくらい。
「急に降り出したみたいだ。でもこの様子ならお前が帰る頃には止んでるだろ」
「そうだと助かります。今日、傘忘れちゃったんですよー……」
 尤も傘があったとしてもこんな雨の中じゃ傘は役には立たないだろう。それにリュータとしてはこの雨の音を聞きながらは帰りたくない理由があった。
「なんだ? 今度は急に落ち込んで」
「いや、ちょっと嫌なこと思い出したもんで」
 今頃佐藤さんも仕事頑張ってるんだから自分も頑張ろう、と少し自分を励ました。
 油断してるとこのまま佐藤さんへの想いを募らせるモードに入りそうだったので、頭もバイトモードに切り替えて奥の掃除用具入れからモップを持ってきた。と同時に先輩店員の一人が少し慌てた様子でこちらに向かってきた。
「店長。なんか店の前で……」
「この雨だ、事故でもあったんだろう。おい、リュータ!」
 一度止まって振り返ると、店長の“ついでに外の様子探れ”サイン。
 やれやれ今度は野次馬のパシリにされるか、と思いながら自動ドア越しに外を見てみる。
「……え?」
 思わず我が目を疑わずにはいられなかった。
 こんなに激しい雨だ、見間違いであって欲しい。その言葉が一瞬にして何回も頭の中を巡る。
 人だかりの中心、そこにいたのはずぶ濡れになりながらも何か必死え叫んでいる嫌味な担任、そしてその腕に抱えられて揺さぶられていたのは――

「――佐藤さん……!?」

 ぐったりとしている想い人の姿だった。


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あとがき
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佐藤さんと表記すべきか、サトウさんと表記すべきか今更悩む。

2006/02/09  幸 ゆきな