同じような毎日。
 それは大学に入ってから感じていた。

 くだらない毎日。
 それは夢を諦めた時から感じていた。

 たった一つ足りないだけで。
 たった一人足りないだけで。

 けれど、その足りないものを
 アイツの顔を忘れたことはなかった。









 Only one person










 再テストの採点をしつつ最近買ったCDを聞いていた。
 いつもはあまりやる気がしないものも、音楽を聴きながらだと別だった。
 時折、リズムに合わして机を叩いていたりすると、虚しいというか変に情けなさと自分を嘲る笑いが込み上げてきたりする。
 自分でやることに関しては諦めがついていたつもりだが、体にはまだ染みついているらしい。
 そういえば近々八回目のポップンパーティがあるとか。
 それの招待状が来たと生徒の一人が騒いでいたのを思い出した。
 もっとも、今採点しているのはその生徒のもので、音楽なんてやってる暇あったら少しは勉強しろと言いたくなる。
 しかし、現実はなんとかより奇なりというか、変わったことも起こるものだ。
 ポップンパーティと言えば世界的にも有名な音楽パーティだ。有名なアーティストも大勢顔を揃える。
 そんなパーティの参加者が、自分が担任をしている生徒に――参加経験者と今回初参加の二人――いるなんてあまり信じられない。
 諦めはつけたはずなのに、身の回りに音楽のことが自然と入ってくる。
 そういえば、昔一緒にバンドをやっていた奴から電話がかかってくるようになったのも最近。
「ふぅ……」
 とりあえず、今は目の前のことに集中しよう。考える時間すらもったいない。
 それに昔のことを考えるといつもそう――アイツの顔がちらつく。
 イギリス留学以降からは交流が途絶えてしまった、アイツ。
 今は一体どこで何をしているのだろう。
「……明日も雨だな」
 満点のついた用紙を見て、溜息混じりに呟いた。




「ねみぃ……」
 この時期になると眠くなるのは学生の時から変わりない。
 昔は眠気に逆らわず居眠りをよくしたが、さずかに仕事が残ってる時に居眠りはまずい。
「失礼します」
 誰か生徒が入ってきた。
 ちらりと見えた癖のある金髪――染めたせいでこうなったんだろう――で誰だかすぐに分かった。
「こっちだ、リュータ」
 声をかけるとその生徒、リュータは素直にこちらに来た。見た目は不良に見えるが、実際は真面目すぎる性格の持ち主。
 しばらく再テストの結果について話した。
 確かにリュータは真面目だがそれは勉強には言えず、俺が作った小テストですら満点を取ったことはない。
 だから満点を取ったことに対して何かあったのではないかと少し疑問を抱いた。
 それに他にも、気になったことがあった。
「いつもと文字の書き方が違う。ついでに遅刻常習犯のお前が、ここ数日遅刻が一回もない」
「え……そ、そうですか? べ、別に悪いことじゃ――」
「それに、授業中居眠りしなくなったと思えば、上の空。……バイトのしすぎじゃないのか?」
 そういった瞬間、リュータはビクリと肩をすくめた。自覚あるな、コイツ。
 普段はそういう態度の生徒は自業自得だと放っておくのだが、今回は何故かそれができなかった。
 昔の“ある時期”の自分とどことなく重なったのだ。それが気になってしまった。
「バイトもいいが、体壊しちまったら、もともこうもないからな。気をつけろよ」
「……失礼しました」
 リュータが出て行くのを見送ると、俺はイスに深くもたれかかった。
 現在進行形でそうかもしれない。もしくは現在完了形。ずっとしている。
 またアイツ顔を、笑顔を思い出してしまう。
 そっちの方も諦めがついたはずなのに――
 授業の始まりを告げるチャイムが鳴り響く。
 次の時間は受け持っている授業はない。
 特にすることもなかったので、机に足を投げ出して仮眠を取ることにした。


 その時間の終わりを告げるチャイムで起き、だるさを感じながらも職員室を出た。
 他の職員に冗談混じりに徹夜でもしたのかと訊かれたが適当に流した。
 毎日がこれの繰り返し。
 特に変速的でもなく、ゆっくりと一定のスピードで。
 中にはその方が平和でいいではないかという者もいるだろうが、俺にはそれに何か違和感があった。
 いつから変化を求めなくなったのか。
「――っ!」
 教室の方から何やら騒いでいる声が聞こえた。恐らく、問題児一号。通称ヒーロー、またはサイバー。
 まあ、コイツが騒いでいる理由は大体だが見当がつく。
 今回はリュータに何か質問責めでもしているのだろう。
「おい、そこ。もうとっくにチャイムは鳴ってるぞ。席に着け」
「よっしゃっ」
「せんせ〜! リュータが好きな人教えてくれない〜っ!」
「へぇー……」
 やっぱり、そうだったか。予想は的中した。
 ここのところ、リュータが上の空だった理由。
 好きな人ができたから。
「栄木。とりあえず席に着け。そういう話は休み時間にしろ」
 そう言ったのと同時にリュータがうなだれた。




 授業が終わった後、二人は壮絶なバトルをしていた。
 一方的に訊いてくるサイバーに対し、リュータは珍しいまでのだんまりを見せた。
 もしかしたら一目惚れでもして、名前すら聞けてないのかもしれない。
 俺もそういうことがあったからなんとなくだが分かった。
 ――なんでこうまでして昔を思い出させることが起こるのだろうか。
 偶然にしては起こりすぎてる。だが、誰かが仕組もうとしても仕組めるものではない。
 全く、厄介なものだ。
 そんな俺を惨めだと思ったのか、さっきまで降っていた雨は止み、空には雲の間から少しだけ星が見えていた。
 持ってきた傘がビニール傘だったため帰るときに誰かに持って行かれてしまい、学校から少し離れたところで雨宿りをしていたのだがすっかり遅くなってしまった。
 だが、夜の空気の冷たさと雨のあとの湿った感じがどこか心地よかった。
 そういえば、アイツと初めてあったのも丁度雨が止んだ時だった。
 公園のトンネルのような遊具の中で小さな猫を抱えてうずくまって。
 そう、丁度そこのバス停にいる奴のような感じで――
「!!?」
 一瞬、自分の目を疑った。
 アイツの髪の色はオレンジだった。
 そして、今ソコのバス停で猫を抱えて寝ている奴の髪の色もオレンジ。
 オレンジの髪なんてそこまで珍しくはない。だが、もしかしたらが頭から離れない。
 っていうかこんな所で寝てたら風邪ひくぞ、おい。
「ったく……」
 どうしても見捨ててはおけず、その寝てしまっているマヌケに近付いた。
「おい、起きろよ」
「うー、ん……」
 後ろから肩を掴んで揺すると、そいつはもぞもぞと体を動かした。
 そのせいで腕に抱えられていた猫も起きたらしく、か細い声で鳴いた。
 鳴き声でそいつは完全に目を覚ましたらしく、ゆっくりと顔をこちらに向けた。

「……修先輩……?」

 俺はその声とそいつの顔を見て、絶句した。


 


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 あとがき
Dサト話再会編って感じです。
ある意味リュサトとの分岐点になる話?
Dサト好きですよ。リュサトの次に(ぉぃ
この時点では先生は音楽活動してませんが、
先生はポップンパーティに招待される何ヶ月か前に音楽活動を再開したっていう感じです。


2004/12/13
2005/09/14 加筆・修正