19.飛ばない鳥
飛べないのでなく、飛ばないだと。
そう言ったのは――
「なあ、ハヤト。今度さ――」
「ねえ、ハヤト君。ここなんだけど――」
くだらない。
クラスメイトがくだらないのではなく、その雰囲気が。
「で、xをaに代入して――」
「この単語に動詞がかかって――」
くだらない。
授業ができないからではなく、できてしまうから。
学校に行くのなんて、嫌いだ。
「ねえ、今日はどんなことが――」
うるさい。
いちいち今日あったことを聞いてくる母さんが。
「お前にはミサキと違って――」
うるさい。
進路のことだけでなく姉さんのこともいう父さんが。
家にいるのなんて、嫌いだ。
学校を勉強だけでなく青春を謳歌する場所だと人は言う。
家を家族との団欒を過ごす安らぎの場所だと人は言う。
けれど、僕にはそうは思えない。
目障りで、嫌いな場所。
それでもそこにいるのは仕方がないから。
義務教育だのなんだのいって法で定められているとか、
年齢的に他のところへ行っても無理だとか。
そんな理由で縛られる。
いわば学校や家は籠で、自分はその籠の中の鳥。
もしかしたら、世界そのものが籠なのかもしれない。
「お、いたいた。ハヤトー!」
「……? ハジメ先生?」
メロンパンと出席簿を片手に、うるさいぐらい元気のいい副担任が近寄ってきた。
新任でしかもなりたて、国語教師のクセにいつもジャージというあたりでなぜかすぐに覚えてしまった。
「探してたんだ。ちょっと話があってな」
「話? 進路のことですか?」
「まあ、話は屋上で、な。ちょうど昼休みだし」
と言うと天真爛漫な副担任はこっちに返事を言う暇を与えず、屋上へと連行していった。
「さあ、話を聞こうじゃないかハヤト君」
「……はぁ?」
思わず間抜けな声を上げてしまった。
見てて何かと破天荒な行動は起こしている教師だが、自分は関係したことがないため今改めてそのわけの分からなさっぷりに困惑した。
「会った時から気になってたんだけどさ……お前、なんか思いつめてるような顔してるからさ」
まるで何年も見てきたかのようなセリフだ。
こういう教師は見てて腹が立つ。
「そんなことありません」
「そういわずにさ、こう、自分が思ってること吐き出してみろっての! だから屋上来させたんだよ!」
よく教師になれたな、この人と、なんか馬鹿さ加減に哀れみを感じた。
「それじゃあ言いますけど」
「うんうん」
「学園ものドラマ通りにはならないです、普通」
「いきなりキビシー! てかよく俺がドラマ見てるの分かったな!」
ニカッと歯を見せて笑いやがった。
自分では気付かないうちに段々とコイツに対しての怒りが積み重なっていく。
「学校とか家庭とか、嫌なのか?」
「なんでそんなこと訊くんですか」
「俺もなー、中学ん時グレててヤンキーやってたんだ。で、そん時今のお前みたいな顔してた」
清々しいまでのコイツの笑顔。何かを思い出させる、そんな表情。
それが幼い頃、まだ夢を見ていたことの自分にあったものだと分かった。
途端、何かが頭の中でプツンと切れた。
「いい加減にしろよ!!」
一体どこから出たのか、気付いたら張り裂けそうな大声を出していた。
「まるで分かってるかのような口を利くな!! 俺はどうせ学校や家っていう籠にに閉じ込められて飛べない鳥みたいなもんなんだよ!!」
勢いは止まらず、無意識に口から言葉が出てしまった。
対して副担任は驚いた様子もなく、逆に普段は見せない真剣な顔でこちらを見てきた。
「お前、それは飛べないんじゃなくてただ飛ばないだけじゃねえのか?」
そう言われて、あれだけ止まらなかった言葉が一気に止まった。
段々と自分が今どんなことをしてしまったのか気付いて、思わずその場から走り去ってしまった。
「……何やってんだよ……!」
飛べないのではなく、飛ばないのだと。
副担任の言葉が頭から離れなかった。
自分は逃げたんだと、認めたくなくて。
必死で走った。
「……傷つけるつもりはなかったんだけどなぁ……ハヤト、大丈夫かな……」
メロンパンを一口かじって、ハジメは雲のない青空を、そこに飛ぶ鳥を見ていた。
あとがき
あと一歩で非行少年になりそうなハヤトくんです(何
ハジハヤではございませんので(ぇ
バッドエンドっぽいのって初かもね、あは(あは、じゃねぇよ)
ちなみにうちのハヤトくんは無意識シスコンです(待て
2005/07/12