11.かぐや姫
今は昔、竹取の翁といふ者ありけり。野山にまじりて竹を取りつつ、よろづのことに使ひけり。
名をば、さかきの造となむ言ひける。
その竹の中に、もと光る竹なむ一筋ありける。あやしがりて寄りて見るに、筒の中光りたり。
それを見れば、三寸ばかりなる人、いとうつくしうてゐたり。
翁言ふやう、「我、朝ごと夕ごとに見る竹の中におはするにて、知りぬ。子となり給ふべき人なめり」とて、手にうち入れて家へ持ちて来ぬ。
妻の嫗に預けて養はす。うつくしきことかぎりなし。いと幼ければ籠に入れて養ふ。
「竹取物語か。最近は読まなくなったな」
月がありありとし、帯のようなその光が境内を照らしている。
その情景に心打たれてか、一京は琵琶を奏でていた。その隣には先ほどから月ばかり見ている人形の少女、壱ノ妙。
「しかし、どうしたんだ突然」
たゆたう琵琶の音に乗せたかのような声で一京は問うた。
壱ノ妙は月を見上げたまま静かに答える。
「月は…いずこでも、何時でも…綺麗に見えるのですね」
その表情は目に見えぬ遥か遠くを見るかのようで、寂しげだった。
そう、例えるならば、月を見ては刻々と迫る別れに胸を痛ませるかぐや姫。
「…妙。お前は昔から月を見てはそんな顔をする。何かあるなら話してくれないか?」
声色も表情も変えずに一京は音を奏で続ける。
二人の関係は決して浅くはない。一京が幼い時から家族のように過ごし、そして今ではそれ以上の関係でもある。
しかし、壱ノ妙は自分のことを話さない。
よほど辛いものであったのか、または長き年月で忘れてしまったのか。
それでも一京にとっては彼女のことを知らないことがとても辛いのである。
壱ノ妙はしばらく黙った後、口を開いた。
「私は遠く昔…まだ“壱ノ妙ではなかった”時に罪を犯しました」
その口調は一京にではなく、月に話しかけるようだった。
「嘆く愛しい母を無視して遠くへと離れました。お世話になった奥方も救えず、当人が望まれたとはいえその旦那様をこの手に掛けました。そして…母の元に戻った私は病に倒れ、母より先に一度この世を去りました」
寂しげでありながら、まるで全て理解しているかのように嘆く様子は見られなかった。
「今、私がこのような姿なのは…きっと償いなのです。竹取物語の姫が地に落とされたように…」
静かに沈黙が訪れる。
いつの間にか月光は二人を照らし、風と琵琶の音は二人を包み込むよう。
「では妙。一つ問いましょう」
「なんでしょうか」
「仮に今妙がここにいるのはかぐや姫のように償いのためだとしましょう。物語のようにいつか罪が消え、あるべき場所へ還る時が訪れる」
すると、一京は琵琶を奏でるのを止めた。
「私が行くなと嘆いても、かぐや姫のように還ってしまうのか?」
壱ノ妙は初めて一京の顔を見た。その顔は悲しみというよりも、己の無力さに悔やむものだった。
そっと壱ノ妙は一京の傍へと寄った。
「こんな罪深い魂でも?」
今度は一京が壱ノ妙の顔を見た。
月に照らされた彼女の顔は人形ではなく、期待と悲しみと複雑な思いで押し潰れそうなか弱い少女の顔だった。
「今のお前は“壱ノ妙”なのだ。私は妙のことが好きだよ」
そう微笑みかけると、彼女から悲しみが消えた。
「一京がそう望むなら…私は貴方の傍に留まります」
また琵琶の音が響き始めた。
一京は冗談交じりにこう言った。
「もし十五夜に迎えの使者がくるなら、妙が雨雲を呼んで月が見えないようにしてしまうのはどうだろう? そのための雨人形になったのかもしれないしな」
「…それは考えもしませんでした」
先ほどとは違い、少し明るみを帯びた琵琶の音が風と共に空に舞った。
「そろそろ寒くなってきましたから、中に戻りましょう。明日は六のところにお出かけになるんでしょう?」
「だな。青っ洟なんか垂らしていったら、六に笑われる」
一京は立ち上がり、部屋の中へと戻っていった。
壱ノ妙はクスクスと笑っていた。
「あーいうのはラブラブっていうのかねぇ…?」
「少なくとも微笑ましいですね。少なくとも、あの子は…“妙子”の時からあんな風に笑うことは少なかったですから、今が幸せなのでしょう」
「なぁ、ジズ」
「なんですか?」
「今度の十五夜にウォーカーも誘って月の使者だ〜とか言ってあの二人を脅してみないか?」
「…いくら神様でも、それはお遊びが過ぎてるかと」
「ちぇっ」
あとがき
短いな。
サブタイは和ものっぽいもので(ぉ
かぐや姫、というので一発でこのネタが浮かびました。
オリジ設定詰め込みすぎですが、その辺は許してください(苦笑