ライブもなければ収録もテレビ出演もない非番の日は、大概は城で過ごしている。
だが、その日は何故かそれも退屈すぎた。だから散歩でもしようと外へ出た。
どうせなら遠くへと思って、日本へ行ってみる。。
ここも夜空は綺麗だと、どこかの幽霊紳士が言っていたからかもしれない。
あるいは、本当に気まぐれだったからかもしれない。
今夜という時を月の下で
神がこちらではあまり飛ぶなと言っていたが、私にはあまり関係ない。
騒がれたところで特に支障をきたすわけでもない。
それに飛ぶとしても夜の、しかも閑静な場所だけだ。見つかる心配も少ないだろう。
ついでに言うならば、こちらで飛んでいる間は進行方向に邪魔者がいなくて清々したりする。
今宵の月は三日月でありながら少し青白く光り、まるで朧月のようだ。
そして、昔のことを思い出させる。
そう、昔のことを。
しばらく、その場で宙を浮いたまま静止して、月をぼんやりと眺めていた。
何を思い耽っていたのか、我ながら笑える。
「人気歌手グループのユーリさんが、こんな所で月見とは」
突然の声に私は反射的に振り返った。
そこには、見たことのある男が屋根に座っていた。
風変わりな格好をしていたので、印象が根強く残っていた。
「…六、とかいう名前だったな」
「あんたのような奴に名前を覚えられているとはな」
そいつ―六は低い声で笑った。そこまで面白いことだとは思わんが。
「そういうお前こそ、なんでそんなところにいるんだ?」
「あんたと同じで、月見だ」
月見、と言い切ったが、コイツの手にはトックリとかいうもの(アッシュがいうには酒を入れるものだとか)があった。
「…何故、月を見るのに酒なんかいる?」
「日本には月見をする時、宴をする風習があってな。それで酒を飲む」
「お前一人では宴にならんだろ」
「一人じゃないぜ。ぃぇぁ」
「にー」
よく見れば六の近くに、気の抜けたような表情のチビ猫がいた。どこかで見たことあるような気がする猫だったが、特に気にはしなかった。
「お前も飲むか?」
にっ、と歯を見せて笑い、奴は酒を勧めてきた。
特に断る理由もなかった。
「で、喧嘩になったと?」
「そもそもあのバカ犬がいけないのだ!! 余計なことをいつまでもグチグチと!」
「そりゃ女々しいっていうよりか姦しいな」
気づいたら、もう三本ぐらいは飲んでいた。というか、どこからそんなに酒が出てくるのかも不思議だったが。
普段はこんなにも飲めないからな。あのバカ犬のせいで。
突然抜け出してきたから、きっと今頃大慌てしているだろう。慌ててる時のアイツはかなり笑える。
「まぁ、喧嘩するほど仲がいいってな。付き合い始めて長いんだろ、奴らとは」
「…長い…か。クククッ」
今思えば、少々感情的になったいたかもしれない。
あの二人にはぶちまけられないからか、あるいはコイツに何か親近感を感じたのか。
「私の中の時間でいえば、短すぎる。あまりにも短い。どうせ、限りがあるものだからな」
「ほう…?」
奴は興味津々といった具合の表情を浮かべた。
私はそのまましゃべり続けていた。
「私に与えられた時間は、あまりにも長い。ある意味半永久的なものだ。それに比べると、アイツらの時間は遥かに短い。例え、何百年の寿命があってもだ」
なんで、今日の私はここまで口数が多いのだろう。
全ては月のせいだ。
月を見ていると、時間があまりにも惜しいものに感じる。
そして――
「必ず別れは来る。また一人で過ごす時間がやってくる。そう分かっていてなお、アイツらというのはどうかしている…。甘い蜜を吸いすぎると、いざなくなった時にないと生きた心地がしないと言うからな。それと似た感情だろう」
いっそ、出会わなければ良かったと思う時も、少なくなかった。
「にー」
「帰るのか。気をつけて帰れよ」
あまりにも大人しかったゆえに猫の存在を忘れていた。
猫は、まるで別れの挨拶を言うようにもう一度鳴くと、どこかへと去っていった。
「…猫の言葉が分かるのか?」
「なんとなくだよ。長く生きてると、感覚で何を言いたいか分かってくるようになる」
「長く生きてる? お前がか? せいぜい二十後半にしか見えんが」
そう言うと、奴はクククッと低く笑った。
「外見で年を判断するのは間違ってるぜ。それはあんた自身がよく分かってるだろ」
「…つまり、お前も私と似たような者だとでも?」
「まぁ、そう思ってくれて構わない」
よく分からない男だ。遠まわしに言うぐらいなら、直接的な言葉で説明して欲しいものだ。
「あんた、あの猫の気持ち分かるか?」
突然、何を言い出すのだ、コイツは。
「知るわけなかろう。知りたくもない」
「そういうと思った」
奴は月を見上げて、言った。
「あの猫は、どんなに飼い主を愛しても…飼い主よりもかなり早く死んでしまうだろう。あんたとは逆だが、それを悲しいと思うのは同じだろうよ」
どこから取り出したのか、奴は煙管をふかし始めた。
その仕草を見ていると、確かに外見の割には何か違うものが感じられた。
「それでも、あの猫は飼い主を愛し続けるだろう。だけどよ、それでいいじゃないか?」
「…私には、愚かにしか思えんな」
「愚かでもいいだろ。愚かじゃない生き物なんて見たことあるか、あんた」
「…確かに、ないな」
奴は、また笑った。今度は割りと普通な笑みだった。
「愚かにもがいて生きてた方が楽しいと思うぜ。ぃぇぁ」
「単純だな」
「難しく考えてどうこうする問題じゃないからな」
「…ふふ」
自然と笑いが込み上げてきた。まさか、こんな所に来てまで説教されるとは。
けれど、決して嫌ではなかった。
六の事情は知らないが、似たもの同士の言葉だろうか。
その後も、他愛もない話をした。本当に、他愛もないくだらない話を。
少しばかり、この話している時間が惜しいとも思った。
「黙ってどこかへ行くし、よれよれになるまで飲んできたからいけないんッス! 自業自得ッスよ!」
「…もっと静かにしゃべれないのか。頭に響く」
勢いに任せて酒を飲んだせいでもあり、二日酔いになってしまった。
実は、昨日どうやって帰ってきたのさえ、よく思い出せない。
例え、齢数百歳を超える吸血鬼でも、体の構造は人間とあまり変わりない。
「ヒヒヒッ♪ でも昨日のユーリはすごく機嫌が良かったネ♪ いつもなら、アッシュが頼んだことなんて絶対やらないのに、素直にやってたし♪」
「そういえばそうッスね。……ほ、本当に大丈夫ッスか!? まさか、どこかで頭でも打ったッスか!?」
「…心配ない。ただ、酒が回り過ぎていただけだ。…すまないな」
そう言うと、何故か二人とも何かに脅えるように肩を引きつらせた。
「…なんだ?」
「な、な、なんでもないッスよ! な、なぁ、スマイル!」
「…とりあえず、今日のスケジュール立て直してもらわないとネ。マネージャーのとこ行こ!」
「そ、そうッスね! ユ、ユーリはゆっくり体を休めるといいッスよ!」
「…? ああ、分かった」
二人とも、慌てて部屋の外へと出て行った。…何か、変なことを言ったつもりはないのだが。
ふと、普段は気にしないことが気になった。
あの二人がいないだけで、ここまで静かになるのだな、と。
哀愁を感じたわけではないが、どことなく落ち着かない。
こんなこと、アイツらには言えない。
…また、その時は六の所にでも行ってみるとしようか。
その時は、また月の綺麗な晩にでも。
「ユ、ユーリが素直に謝るなんて、絶対おかしいッスよ!?」
「ギャンブラーZがニュースで中断されるぐらいの大事件だネ♪ 今日は槍の雨でも降るかな♪ヒヒヒッ♪」
「笑い事じゃないッスよ!! い、医者! 医者を連れてくるッスよ!!」
「ついでにジズでも呼ぶ?」
「はっ! きっと誰かに呪いをかけられたんッスよ! だったらジズさんの方が――」
…やはりガラにでもないことは避けるか。
二日酔いが治ったら、二人ともしめてやる。
END
あとがき
刹那ちゃんのリクエストで、ユーリと六の話です。
なんか、わけ分からんことになっててすみません(苦笑
ちなみに、六といっしょにいた猫は…言わなくてもわかりますよね?(何
こんなので、よろしいでしょうか、刹那ちゃん(苦笑