ビルとビルの間の狭い道を抜けたその先。
建物と建物の間に生まれた自分の部屋よりも狭いデッドスペース。
四角く切り取られた空からは真昼でもない限り日の光は届かず、いつも仄暗い。
そんな場所にアイツはいつもいる。
「珍しいな、お前からここにくるなんて」
声からして今日は機嫌がいいらしい。
仄暗さといつも赤いシャツを着ているから分からなかったが、じっとよく見れば血でアイツは塗れていた。多分、アイツ自身の血ではない。
「これか?仕事で少しミスってな。尾行されたからそいつを始末したんだ」
いかにも愉快なことでもあったかのようにアイツは笑った。
「なぁ、ジャック。お前、血舐めたことあるか?」
手に付着した血を舐めながらアイツは俺を見た。
こういう時のアイツ猟奇的なのは分かってはいるものも、やはりおぞましいとしか言えない。
「…拭う程度になら」
今更ながら血の生臭さが鼻についた。
視界をふと変えれば、空間の隅にアイツが言っていた始末したものの肉塊が横たわっていた。
「じゃあ人を喰ったことは?」
突然のことに目を見開いて、アイツのいた方へ視界を戻した。
けれどそこには既にアイツはいなくて、気づいた時には俺の背後にいた。
「俺はあるぜ。人を喰ったこと」
ピチャッ、と舌を這わせる水音が響いた。
街中だというのにこの空間は街の雑踏が全くと言っていいほど聞こえない。
今聞こえるのは自分の息遣いとアイツの出す不快な音だけ。
「空腹って怖いよな。人間すらも獣にしちまう」
「…お前は空腹で人を喰ったっていうのか」
そうだ、とニヤリと笑ってアイツは手首に舌を這わせていた。
「むこうにまだいた時にな、三日三晩何も食えなかった時があってな。俺も限界を超えたんだろうよ。
気が付いたらその辺に転がってた死体をそのまま貪ってた」
スッ、とアイツは眼を細めて俺を見つめた。その眼は餓えた野犬のように鋭く、闇夜の黒猫のように怪しく光っていた。
そう、まさに獣の眼。
「思った通り不味かったぜ」
クククッ、とアイツは低い声で笑った。
今のアイツを見ていると、今にも俺も喰われるのはでないだろうかと錯覚すら覚える。
狂ってる。出会った時の印象そのまま。
「ところでお前、自分から来たってことは俺に何か用事でもあるんだろ?」
「…MZDがお前のこと呼んでた」
そう言うとアイツは舌打ちをした。
すぐにアイツはどこにしまっておいたのか代わりのシャツに着替えると、先に街へと戻る道へと足を進めた。
「お前は人なんか喰うなよ」
擦れ違いざまにアイツはそう言った。