カラン、コロン。
カラン、コロン。
今では聞きなれないだろう下駄の音を鳴らす。
月もありありと見える静かな真夜中に、独り歩く。
カラン、コロン。
カラン、コロン。
さっきまでまとっていた自分ではなく、いつもの自分へと戻る道。
不意に海辺が見えた。
気が付けば、下駄の音は聞こえない。
何故なら砂浜に出たからだ。
季節が季節だからもあるが、こんな真夜中に海辺に来る奴はまずいない。
いない、そう思っていたのだが。
「……こんな時間に何をしてる」
「あ、ナカジじゃん」
夜なんて似合わない男がいた。いつものように夜には身を沈めてるそれと似た匂いのする笑顔を向けてきた。
「……こんな時間にまでいるのか」
「今日は、たまたまだよ」
よりにもよって、“仕事帰り”に出くわすとは。
正直、今は会いたくなかった。いつもは目を伏せている“それ”に意識が行ってしまうからだ。
「眠れなくてさ。久々な夢みて」
「……そうか」
こいつには普通の人間にはないものが憑いている。
持っている、という方が正しいのだろうが、俺にはそれが不快でしかならない。
「ナカジ」
「なんだ」
「ナカジはさ……前世って信じる?」
「何故そんな非現実的な問いをするんだ?」
「あ、じゃあ信じてないんだ」
ほら、そうやってまた笑顔で何か隠す。
別に人の事情を知ろうとは思わないが、それがまた不快でしかならない。
「俺はさ、ちょっとだけ信じてるんだ。
よく見るんだよ、俺じゃない俺の夢。
最近は見てなかったんだけど、久々に見ちゃって」
そうやって、人に確認を取らず話を進めるな。
言ってもこいつには無駄だろうから言わないが。
「俺じゃないのは分かるんだ。でも……
普通の夢よりリアルに感じちゃうんだよ。まるでそうしたことがあるみたいに」
一瞬だけ、表情が曇った。余計に“それ”が色濃く見える。
“こいつ”であって“こいつでない”その姿が。
「夢は、何か自分が忘れていたものを思い出させる時にも見るっていうけど、
俺じゃない俺は、俺に何を思い出させたいんだろう……」
何故、俺に訊く。そう言いたかったが、やめた。
「勘違いはするな」
恐らくそれは
「例えそれが前世の記憶だろうと」
こいつのこと不快だと思っているはずなのに
「今お前はタローであるのは変わりない」
どこか心地よさを感じているからだろう。
“それ”ではなく、“こいつ”に。
「……えへへ」
「なんだ、気持ち悪い」
「そうだねって思った。ナカジにそういわれるとなんか嬉しいや」
「虫唾が走る」
「俺、ナカジのこと好き。大好き!」
「気色悪いと言ってるだろうが!!」
大声で怒鳴って、一発殴ってやった。
それでもタローは笑顔のままだった。
そのまま帽子を深めに被って、マフラーをきつく巻いた。
自分でも分からないが、顔を見られたくなかった。
あのね、ナカジ。
この夢の話はね、ユウ以外には誰にもしゃべったことなかったんだ。
でもね、ナカジならしゃべってもいいって思ったんだ。
だって、俺、ナカジのこと大好きだもん。
ナカジは俺のこと、どう思ってるのかな……。