『フロウ、知ってル。アナタのコト』
 それが彼女が彼に最初に言った言葉。
「俺を……知ってる?」
『よくワカラナイ。でも、知ってル』
 矛盾してると思いつつも彼女が嘘をつくとは思えない。
 何故なら、彼女は機械から映し出される存在だから。
「何を知ってるんだ?」
『……』
 彼女はしばらく考え込むポーズをとった。
 まるで人間みたいだ、と周囲の人は言う。
 片言のような口調と触れない体を除けば、普通の女の子。
 それが、彼女――フロウフロウだった。
『フロウ、知ってル』
 フロウフロウはニコッと笑みを浮かべた。
『アナタのナマエ、知ってル』
「皆が呼んでるからだろ」
『MA0-x6ap-000』
「!!」
『でも、違ウ。アナタの本当のナマエ、ジャックだカラ』
 何故という疑問詞はフロウフロウの無邪気な笑顔で一瞬だけ吹き飛ばされる。
 フロウフロウを映し出している機械の裏に書いてあった文字列は、確かにジャックがいた組織が表の顔として使っていた会社のものだった。
 そう考えるとジャックのコードナンバーを知っていてもいい気がしなくもない。けれどジャックのナンバーは特殊で知っているものは極小数のはず。
 なおかつ、ジャックという名前が本当の名前であるということも彼女は知っていた。
「何故、知ってる」
『フロウ、知ってル。ジャックのコト。ジャック、よくお兄さん怒らせタ。だって、何回も部屋から出ちゃうカラ』
「……」
『ジャックとイッショにお人形来タ。もう、修理されタ?』
「……いや、アイツはもう動かない」
『ジャック持ってた、タネ。お花咲いタ?』
「なぁ、なんでそんなことまで知ってるんだ?」
 全部、ジャックしか知らないはずだ。全部“ブランク”の前の記憶だから。
『ジャック、よく遊んでくれタ。でも、フロウ、遊べなくなったノ。そこでフロウの持ってるジャックのメモリー、途切れてル』
「なぁ、フロウお前――「待たせたな、フロウフロウ」
 ジャックの言葉をさえぎって現れたのはMZD。
 フロウフロウを修理してやりたいからジャックに連れてきて欲しいと言ったのは彼。
 案の定、何故ジャックがなのはか話さず、残っている仕事が終わるまで待ってろと言われて現在に至っていたわけである。
『フロウ、悪いトコロ直ル?』
「まぁ、できる限り直してやるよ。しばらく眠ってな」
『オヤスミナサイ。またネ、ジャック』
 笑顔でそう言って、フロウフロウは機能を停止させた。
 完全に“眠った”のを確認すると、MZDはジャックを見た。
「色々聞けたか?」
「……それが目的か」
 ジャックが睨みつけると、彼はまあまあとなだめるようなしぐさをした。
「目的ってなんか企んでるみたいで人聞き悪いなぁ…。フロウフロウがお前を見て『この人知ってる』って言うもんだからさ」
 今は十歳前後の少年の姿をとっているMZD。この姿の時の彼はやけにお節介だと、ジャックは思う。
「言っちゃ可哀想だが、フロウフロウは欠陥品……しかもところどころ壊れてる。そんなやつが欠落してるデータをガンガン引き出してみろ。完全に壊れて“起きられなくなる”」
「……だから?」
「だから……直そうとするとまず、欠落したデータをデリートするか、圧縮して引き出せないようにプロテクトかけるしかないわけ。つまり、“思い出せなくなる”わけだ」
「!!」
「だからよ、お前に覚えてて欲しかったんだ。その方がフロウフロウも喜ぶだろうしな」
 MZDはフロウフロウを映し出す投影機を抱き上げ、中を覗き込む。中央の水槽のようなものに入っているハート型をしたコアはまるで心臓のように動いている。
「“起きた”らまた遊んでやってくれよ」
「MZD!」
 自室へ戻ろうとするMZDの背にジャックは呼びかけた。
「何もかも、忘れてしまうのか?」
「……俺だって“魂”まではいじれない。お前がしっかり掴んでやってくれれば大丈夫だ」
 振り向かずにMZDは答えた。

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2005/06/30  幸 ゆきな