先日MZDさんから招待状を貰い、一時滞在することになったこの世界。
私の住んでいる場所の百年以上後の世界だと聞かされ、興味が沸いて散策に出た。
文化が進んでいるからなのか、建物の殆どは四角く硬い印象を持ち、人力車ではなく自分で動く車が整えられた道を走る。
そして着物や欧羅巴の雰囲気を漂わせるあの煌びやかな服を着た者はいない。
新しいものに心躍らされつつも、そのことに少し寂しい感じがした。
ふと、この世界ではどんな本があるのか気になった。
道行く人に近場の本屋の場所を訊ね、足を運ぶ。
大分雰囲気が違った。透明なガラス張りドアの前に立った時、自分から開いたのには驚きを感じずにはいられなかった。
まるで、本の中の空想にでも迷い込んだよう。
もしもMZDさんに招待されなければ生きている間に見れなかったと思うと、感謝しなければと思った。
中に入ると見慣れない大きさの本が多くあった。雑誌もここまで大きく種類が豊富なのがあるとは。
ふと、この世界は未来だということを思い出した。
良い本は例えどんなに昔の本でも本屋に並べられることがある。
少しの期待を胸に文庫と書かれた棚に向かい、目を光らせてくまなく探した。
そして一つの本を見つけ出した。
水のひつじクロニクル。 私の一番お気に入りの本だ。
私が既に持っているものとは外装が変わっていたので、中身を確かめようと手を伸ばした。
「「あっ……」」
別の、自分ではない人の手と触れた。
自分も色白な方だが、それよりも白く、細い指。
「す、すみません」
「い、いえ、こちらも気づかなかったもので……」
そのか細い手の持ち主と目が合った。
一瞬、胸が跳ねた。
目が合ったからではない。その人が、あまりにも綺麗だったからだ。
「この方の本は良くお読みになるのですか?」
ふと、聞いてみるとその人は笑顔で答えた。
「友人に勧められて。本を読むのが好きなんです」
何を期待して胸を躍らせているのだろうか、私は。
その人は腕時計を見て何かつぶやくと、すまなそうに一礼をした。
「すみません。あまり時間がないみたいなので」
「いいえ。こちらこそ引き止めてしまって申し訳ない」
それではとまた一礼すると、その人はすぐさま本屋から出て行った。
なぜか胸に隙間風が吹いたかのような感情が訪れる。
これだから人と別れるのは辛い。
私は本――水のひつじクロニクルを手に取り、中を確かめてそれを買って表に出た。
そういえば、今の人はどこかで会った気がする。
また会えるだろうか。その時はこの本を渡したい。
風に吹かれる落ち葉を見ながら、仮の住まいとしている部屋へ戻ることにした。
夕刻にまたその人と出会ったのは、また別の話…。