廃墟という名の演習場。流れる空気はいつも殺伐としている。
 ここで幾多の命が壊れたのだろうか。彼が背を預けている壁にも黒ずんだその痕跡が残っている。
 しかしそれを気にする感情は彼には持ち合わせていなかった。何故なら彼も気を抜けばその一つになりえるかもしれないからだ。
 彼は《E452》と呼ばれていた。それが彼の名前というわけではない。寧ろ彼に名前などない。
 《E452》は母というものから生まれたわけではなく、試験管とも皮肉で言われる水槽で造られた。
 新生人類創生計画という頭脳、肉体とも優れたる人類を作るなどという研究の中で造られた子供達。彼もその一人で、受精卵の状態の時に遺伝子を組みかえられたタイプだ。
 計画内容としては人類の延命などと謳っているが、実際は優れた能力を持つ人間兵器の開発と言った方がしっくりくる。今彼も兵器としての“試験”をさせられている。
 生まれてから兵器として育てられた“子供達”は研究員に逆らうことなく“試験”をこなしていく。
 生きるか死ぬかの戦場に放り込まれたこともあったし、研究所で作られた凶暴なミュータントと戦わされたこともあった。そして自分の前に立ちはだかるものは全て殺してきた。だから彼は今ここにいる。
 今、自分の目の前にあるものは先程まで自分に銃を向けてきた子供。子供といえども彼もその子とは外見的な年齢は変わらないだろう。
 こいつは確か《E276》という番号がふられていた気がした。会ったのは一度だけ。戦場でだ。
 確かに戦場では一緒に戦っていたかもしれないが、今ここでは自分に銃を向けてきた。だから《E452》は《E276》を敵と判断し、迷わず持っていた銃の引き金を引いた。《E276》は死んで、《E452》は生き残った。
 ここ数日、それが当たり前だった。同じ計画で生まれ同じ戦場に駆り出された“子供達”は同じ廃墟の演習場で殺し合いをさせられていた。
 それが最後の“試験”だと研究員が言っていたのを《E452》は聞いた。
 《E452》は“子供達”の中では肌や髪の色素が薄く小柄な方だった。その分素早く、頭が切れた。彼にはそれぞれ見分けるために番号以外に赤いメットが与えられていた。
 赤は戦場では目立つが彼にとっては好都合だった。
 間抜けな奴は自分を見つけるとすぐ尻尾を出す。《E452》は尻尾だけでも見つけられれば即座にそれを殺すことができた。そうして彼はこの数日を生き残ってきた。
(……二時の方角に百メートル、一人)
 すぐに新たな“敵”の気配を感じ取ると《E452》は建物の上へと跳躍した。勿論相手も動いた。
 《E452》は移動しながら別の銃に持ち変える。一瞬でそれがどの番号の子供だか分かったからだ。
 それは《E452》とよく同じ“試験”を受けさせられていた奴で、番号は《D310》。だから彼には奴の行動パターンをよく知っている。
 条件は相手も同じだが、《D310》は《E452》ほどの戦術を考えることは得意としていない。その分《D310》は音を聞き分ける能力が長けていて、サーモグラフィー搭載のゴーグルをつけていた。
 《D310》はうまくどこかの廃屋に隠れたのか、上からは姿が確認できなかった。
 突然、《E452》は上空へと銃弾を数発放った。
 するとどうだろうか。位置がばれたと勘違いしたのか《D310》が廃屋から飛び出してきた。
 相手はどこに彼がいるのか確認するためにキョロキョロと辺りを見回している。
 《E452》は先程とは別の片手に構えた銃の照準を《D310》の頭に合わせ、躊躇することなく引き金を引いた。
 乾いた音と共に《D310》の体は一瞬跳ね上がり、粉砕されたゴールグの破片を散らばせながらドサッと音を立てて倒れた。どうやら音に気づいて避けようとしたらしく頭部を貫通はしてはいなかった。しかし致命傷なのは変わりない。
 徐々に赤い血溜まりを作っていく《D310》に《E452》は近寄った。放っておけば数十分後には死ぬだろうと判断した。助けても所詮後の研究材料としてバラバラにされるか、廃棄処分になるだろう。
 すると《D310》は《E452》の姿を確認するなり、何か呟いた。
 《E452》はもう一度《D310》の顔を見て、もう一度引き金を引いた。


 《D310》の生命活動停止を確認したと同時にブザー音が鳴り響いた。
 演習の終わりを告げる音だ。《E452》は廃屋の屋根を飛び移りながら演習場の出口へと向かった。
 出口には既に数人の研究員達が集まっていたが、《E452》以外の“子供達”は一人もいなかった。
 この手の“試験”は何度かあったが、戻ってきたのが彼一人なのはこれが初めてだった。
 こころなしか研究員達の態度が違うように彼は感じ取った。悔しがっているような表情をした者もいれば喜んだ表情をしている者もいたからだ。
「これで“試験”は終了だ。今度からは“任務”に就いてもらう」
 いつも偉そうにしている研究員が言った。
 《E452》は聞いてはいるが反応は示さない。これもいつものこと。
「今後からお前の番号は《E452》ではなく《MA23-AE01-452》だ」
 そう言われるのと同時に他の研究員が彼に両手足に枷をつけた。
 いつものことなのに、いつもと違っていた。




 いつもなら牢獄――実際は牢ではないのだがそういっても過言ではない――に連れて行かれるのに、全く違う部屋へ連れて行かれた。
 牢獄よりもやや広く、コンクリートではなく鉄で覆われた部屋。あるのはベッドと端末と監視カメラ。
「今日からここがお前の部屋だ」
 普段なら演習や“試験”以外では取り外さないはずの枷を外しながら研究員は言った。続けて部屋についてあれこれ説明した後、いつも使っていた銃を取り上げると代わりに彼に一台のノートパソコンを手渡した。
「玩具だ。自由に使え。命令が出るまでは好きにしてろ」
 そう言ってその研究員は部屋からいなくなり、彼一人が残された。
 自由に使え、と言われても彼にはどうしようもなかった。今までそんなこと言われたことがなかったから。
 大概彼ら“子供達”は研究員から命令を受け、行動していた。
 自分で考えて行動するとしたら、それは戦闘中のみ。それ以外は一日一度与えられる食事ですら彼らは味のことなど何も考えずに食べていた。全て命令に従っていたから。
 そんな生活しかしたことのない彼に突然「自由に使え」「好きにしていろ」と言われても、彼には何をすればいいか思い浮かばなかった。
「……」
 とりあえずベッドにノートパソコンを置いて自分は腰掛けてみる。
 研究員が出て行った様子からするに、自動ドアにロックはかけられてない。一体、どういう扱いなんだろうかと彼は少々戸惑った。
 あまりにも静かだった。静か過ぎた。
 牢獄にいた時はミュータントや“できそこないの子供達”の呻き声が響いていてやや不快感があったが、研究所内で稼動しているのであろう機械音だけというのも落ち着かなかった。
 いつの間にか彼は膝を抱え込み、うずくまって眠りに落ちていった。


 気が付けばどれくらい眠っていたのだろうか。
 突如ドアの開く音が聞こえ、彼は一瞬にして目を覚ました。
「うわっ!? 何、人いるじゃんここ!!」
 そこには赤茶で前髪が逆立った少年が立っていた。何やら少年は慌てた様子だったので、思わず彼は侵入者かと思い、身構えた。
「わりぃ!! ちょっと隠れさせてもらうぜ!!」
「えっ」
 返事を返す前に少年は素早い動きでベッドの下へと潜り込んだ。それと同時に研究員の一人が部屋を覗きこんできた。
「いないか……。どこ行きやがった、あの重力小僧……! 他を探せ!」
 研究員は舌打ちすると彼のことは全く気にも留めず、出て行ってしまった。
 暫くして研究員達の気配がなくなると、少年は安堵の息を吐いてベッドの下から出てきた。
「アイツらマジでしつこいし……。わりぃな、邪魔して」
「……」
 彼は思わず黙り込んだままだった。
 唐突過ぎる謎の少年の出現で驚いたのもあったが――
「何、ジロジロ見やがって……あ、やっぱりこの眼、気持ち悪いか?」
 少年の眼は白目の部分が黒く、瞳が赤というありえない色をしていた。
 思わず黙り込んでしまったのはそれに驚いてしまったからだ。
「ところでお前、見ない顔だけど……新入りか?」
「……」
「だんまりかよ……ま、いっか。なぁ、お前――

 一緒に遊ばねえ?











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グラアミ出会い話1話目。ってもグラは最後にしか出てきてないー。
2話目はエレチュンも出てきます。
執筆中BGM : ORIGA 【rise】
攻殻機動隊第一シリーズのOPだけど、アニメは見たことない(待

2005/11/05 幸ゆきな