体内の目覚ましが朝を告げ、次第に意識が浮上していく。
 もぞりと体を動かそうとしたが、なんだか変だった。何かが自分の体に巻きついているようだ。
 ふと目を下に向ければ、そこには自分のものではない腕が自分の体を包んでいた。
 はっと一気に意識が覚醒し、ゆっくりと――腕のせいでうまく動けなかったのもあって――後ろに振り向いた。
「な……っ!!」
 そこにいたのは鎖だった。唐突に数日前から連絡もなしにどこか行ったまま帰ってこなかった相棒。
 どうやらまだ眠りの中にいるらしく、間近にある彼の口からは規則正しい微かな寝息が聞こえる。
 突然数日間いなくなることは何度かあった。いつも理由も連絡もなくいなくなり、出て行った時と同じく突然と帰ってくる。
 もう何度か経験したからか、突然いなくなって慌てることも突然帰ってきて驚くこともしなくなったが、今回のようにいきなり自分の部屋に、しかも抱きしめられた状態でというのは初めてで、村雨は混乱に陥った。
 初めていなくなって帰ってきた時には説明も弁解すらもなく、しかもまさか鎖が自分にそんなことをするとは、と思うようなことまでされた。それを思い出した途端、村雨の背筋に寒気が走った。
 村雨は慌てて自分の身を確認した。大丈夫。何もされてはいない。それによく見れば鎖も普段外に出て行く時着ているロングコートを着たままだ。帰ってきてすぐにここへきてこんなことをしたのだろうか。
 何はともあれまずは起こして放してもらわなければ。
「おい、鎖! 起きろ!」
 思わず怒号してしまったが、それほどまでに村雨は慌てているのだろう。
 少しだけ鎖の体が動いた。だが腕はまだしっかりと村雨を抱いたままだ。揺すり起こすために腕を動かそうとしたが、鎖の体が邪魔でそれすらままならなかった。
「……おーきーろぉー!!」
 もう一度怒号を張り上げる。すると今度は効いたのかゆっくりと瞼を半分だけ開いた。
「……おはよう」
 まだ意識の半分以上はまどろみの中なのだろう。いつもは鋭いその眼光は憂いを帯びているようにも見え、それだけでも色気を放っている。
 その眼と合ってしまった村雨の顔は紅潮していき、思わず動けなくなっていた。
「もう少し……夢、見させろよ」
「え……お、おい、ちょっ!!?」
 先程よりも強く、しっかりと、体をうずめるように抱きしめられてしまった。
 これでは全く身動きが取れない。
 あたふたとまた混乱しているうちに、耳元でまた寝息が聞こえ始めた。
「なんでだよ……くそっ」
 更に顔が紅くなっていくのを自覚しながら、村雨は嫌がるどころかなぜか心地よさを感じてしまった自分に毒づいた。




 さかのぼること数時間。暗闇で覆われた夜更け。
 静寂なその空間をガチャリとドアを開ける音が響いた。
 中へ入っていく足取りは重かった。疲れてる、と感じたのは久々だった。肉体的にも、精神的にも。
 自分が知っている空間とは全く違う空気に、鎖はまるで何年も帰ってこなかったかのような感覚に襲われた。
 部屋が真っ暗だ。既に村雨は眠っているのだろうか。
 着替えるのも忘れ、重い足取りのまま彼の部屋へ向かった。
 思っていた通り、村雨はぐっすりと眠っていた。
 その横に腰を下ろし、村雨の顔を見つめた。
 顎髭がなかったら少年のように見える寝顔に、思わず安堵を感じずにはいられなかった。
 ちゃんと村雨はここにいる。俺はちゃんとここに帰ってきた。そう何度も呪文のように心の中で呟いた。
 何に臆しているのだろうか、自分は。
 その答えを鎖はちゃんと知っている。でも認めはしない。それを認めてしまえば、自分が村雨に対して抱いている気持ちを完全に受け入れることになるから。
 そうなれば恐らく、自らの口からその気持ちを紡いでしまうだろう。
 もう長くは共にいられないと知りながら。
 紡いでしまえばそれはもう、今までの形を保つことができないだろう。それは村雨の方から紡がれても同じ。
 そんなことになったら自分は、彼の元から離れようとするだろう。いつか必ず付く傷口が広がらようにに、深くならないように。
 自分は別に構わないのだ。別れることによってどんなに胸が引き裂かれんばかりになっても。ただ村雨にはそうはさせたくない。
 既に彼は大切な者を失う悲壮を知っている。肉親を目の前で引き裂かれ、そしてそれに嘆きながらもその亡骸は彼が拾うこともなく塵へと帰してしまったのを、鎖も見ていたから。
 そっと鎖は彼の額に触れた。普段ならそんなことさせてもくれないし、自分もしようとは思わない。
 何故だろうか、今は彼に触れていたかった。
 莫迦みたく変な考えが鎖の頭の中を巡っていた。
 もっと長い時間いることができたのら。同性同士でなく異性同士だったら。二人が生れ落ちたのがこんな世界でなかったら。
 自分がこんな存在でなかったら。
 どうやっても埋めようもないその気持ちの隙間の存在に、思わず鎖は苦笑した。埋めようもないのではない、埋めてはならないのだと。
 なんていうエゴイストだと、思わず嘲笑を浮かべた。
「……すまねぇ、村雨」
 今だけ、許してくれ。
 まるですがり付くように後ろから村雨を抱きしめると、鎖はまどろみの中へと落ちていった。






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なんだこの少女漫画的内容は。
勝手設定、大フィーバー。
そんなこともある、鎖村。
なぜ鎖君が突然数日間いなくなるかについては、また別の話で。

2006/08/08 幸ゆきな