ROOTS26のカウンターに座っているのは、看板娘リリスこと理々奈。
今、彼女の手には珍しくファッション雑誌がある。
彩葉に、そういえばROOTS26の紹介が載っていた、と聞いて買ってみたわけなのだが、
「……」
どうやら理々奈としては複雑な心境のよう。
雑誌には【最近噂のオススメ店】という特集で、店の写真やら服の紹介やらが載っていた。
そこまではよいのだが、その隅に兄、聖奈の写真――取材か何か来た時に撮られたのだろう――が載っていて、「オーナーもカッコイイのでオススメ(笑)」などと紹介文の最後に書かれている。
ちらりと雑誌から目を離して店の中へと視線を向ければ、その兄は雑誌を見てやってきたのであろうか女性客数人に囲まれて接客中。
ROOTS26の知名度が上がって客足が伸びるのは理々奈としてもいいことなのだが、女性客の中には聖奈目当てで来る人も少なくない。
そして、この雑誌のせいでそういう客がこれから増えるのは、今の状況からしても明白。
兄を本当は独占したい理々奈としては、それは耐え難いこと。
勿論、聖奈はそんなこと露知らず、女性客殺し(時々男性客も落としかねない)の営業スマイル。
「兄さんの、バカ……」
と口に出したいが、出せないのが現状。
今は思わず溜息が出てしまいそうな表情で兄を見つめてるしかなかった。
客が一人離れれば、また別の客が一人近付いて聖奈に何か聞いている。
(今は仕事中なんだから、仕方ないのよ)
話しかけちゃったと浮かれている女性客。
(そう、仕事なんだもの)
「リリスー。これなんやけど……」
いつ話しかけようかとじっと客に見つめられている兄。
(何、いらついてるのかしら、私)
「リリスー? 聞いとるかー?」
それを何と勘違いしたのか、その客に話しかける兄。
(でも、もし、常連客になった人が兄さんのタイプだったら?)
「もしもーし? リリスさーん?」
服を褒められたのか、少し嬉しそうに客に笑っている兄。
(そんなことない。だって今までもそんなこと)
「リリスー? 俺、万引きするでー?」
出て行く客に、また来て下さいと微笑む兄。
(そんなの……そんなの、嫌……)
「リリス!!」
「えっ!?」
突然の大声に思わず理々奈はイスをひっくり返す勢いで立ち上がって、反動でよろけそうになった。
「良かった良かった。また居眠りしてんのかと思うたわー」
なんとか声の主に焦点を合わせたが、それがケイナだと気付くのに数秒かかった。
相手がケイナで良かったと、胸を撫で下ろした。その様子をケイナは苦笑して見ていた。
「これが俺やなかったら本当に万引きされてたで?」
「ご、ごめんなさい……」
「気ぃ落とすことないで。それよりこれなんやけど――」
「何をしている標識マーク」
後ろからかかった声にケイナは思わず振り返った。
そこにはいつの間にかトゲトゲヘッドをつけた聖奈が、鬼の形相で仁王立ちしていた。
「お、俺は何も――」
「嘘をつけ。今、理々奈を驚かせたのはお前だろ」
「せ、せやけどな、俺は一応――」
「何をお求めですか、お客様?」
「か、顔が笑ってへんで……」
その後、明らかに激怒している営業スマイルに圧倒されて――というよりも打ち首にされる前に――ケイナは買うもの買って泣きながら店を出たとかなかったとか。
「……すまなかった」
「え?」
休憩時間、突然そう言われて理々奈はきょとんと聖奈を見つめた。
聖奈は気まずそうに視線を下へと向けている。
「仕事とは言え、不快な思いをさせてしまった」
「……いいのよ、気にしてないから」
本当は気にしていたけども、きっと兄が思っていた不快と自分が思っていた不快は違うけども。
謝られてしまったら、許すしかないのだから。
「……そうか。それなら良かった」
「でも、びっくりして出て行ったお客さん、いたわ」
「お前が無事なら客の一人二人、どうってことないさ」
その言葉に思わず頬を紅くしてしまったのは、言うまでもない話。
ごめんケイナ、とはちっとも思ってな(斬
後輩ちゃんからお客に嫉妬というテーマを頂いて書きました。
2005/09/09 幸ゆきな