目標は目の前のお兄さん。
紅い髪がツンツンと逆立ってて、なんか高そうなファー付きコート着てる。
さっき一瞬ちらりと顔が見えたけど、なかなかかっこよかったと思う。
白目の部分が赤黒かったけど、スラム街にいた奇形の方々やその辺のゴロツキよりマシ。
昔は違っていたと大人達は言う。けれど今はそれは通用しない。
戦える者は戦うことを生業とする。それが今の時代一番稼げる方法。けど私にそんな力はない。
戦えない者が手っ取り早く稼げる方法は、
「そこのお兄さん! 私を買って下さい!!」
自分の体を売ることだ。が
「……っぷ……ぶぁははははっ!」
笑われた。しかも思いっきり腹抱えて。
「わりぃ、わりぃ……くくっ……あんまりにも威勢よく言われた、もんだから、あははっ」
まだ青年は可笑しいのか、必死で笑いを堪えていた。
言った本人は真剣そのものだったのにここまで笑われてしまうと拍子抜けしてしまう。
「ははっ……アンタ、それで身売りやってたのか?」
「い、今のが初めてよ!! 何か文句でもあるの!?」
顔を真っ赤にして言うものもそれが更に笑いのツボを刺激したのか、青年は涙が出る程笑っていた。
初めてとはいえ、やっとの決心で言い出せた言葉を馬鹿にされたからには怒りを殺すこともできず、一発引っぱたいてやろうかと青年の前へと一歩踏み出た。
「お兄さんねぇ、さっきから――」
ぐるぐるぐきゅー。
「っぶ……ばぁわはははははは!! アンタ、腹空いてたから、そんな……はははっ!」
「〜〜っ!!!」
穴があったら入りたいとはまさにこのことだ。思わずうずくまってしまい、青年の顔すら見れなかった。
できることなら早く去って欲しいぐらいだ。
「あはっ……アンタ、気に入ったぜ」
青年の言葉に反射的に顔を上げる。いつの間にか彼は同じぐらいの目線になるようにしゃがみ込んでいて、頭をぽふぽふと軽く触れてきた。
「そんなに必死になるなら、買ってやるよ」
「――!!?」
「アンタ、名前は?」
「え、あ、
、です……」
「――ってなんで服屋?」
痛いんだろうなとか本当は嫌だなんて言えないなぁとか
は考えていたのだが、連れてこられたのは意外にも服屋。しかも先程から何回も鏡の前で色んな服を当てられてばかり。
「そんなボロボロの服で街中歩くの嫌だろう?」
確かに今の
の格好は元々は綺麗な色だったのだろう薄茶に変色しかけ裾がボロボロのワンピース一枚。服を買い換える余裕があるのなら空腹で困ったりはしないのだが。
「そりゃ嫌だけど……街中歩く必要なんてないんじゃ?」
「はい、これ試着してこい」
質問の答えを言う気配もなく青年は服を数着渡すと、そのまま
を試着室に押し込んだ。
わけも分からず
は戸惑うばかりだったが、一応言われた通り服を着てみる。
「……なんかおかしいんじゃないですか、この状況」
きっと露出度が高い服だと思いきやそうではなく。軽くフリルがついたブラウスとカーディガン、それにシンプルな七分丈のスカート。セクシーというよりもキュートという感じの組み合わせだった。
「
、今考えてること言ってみな」
「……この後どっかにチェックイン?」
そう言った瞬間カーテンの向こうから口から息を吹き出した音。
どうやらまた笑ったらしく、思わず
はむっとした。
「だって買ってやるって……」
「俺、アンタを買うとは言ってないぜ?」
思わず
はきょとんとした表情を浮かべた。きっと見られていたらまた笑われただろう。
「身売りするまで必死な食い気に感銘を受けたから、そんぐらいなら何か買ってやるって思ったんだよ」
「私そんなに食い意地張ってない!!」
失敬な、と試着室のカーテンを思い切り開けると、青年からヒューと口笛。
「馬子にも衣装ってこのことだな」
「何、それ?」
「気にすんな」
と言うとまた強引にも腕を引っ張られ、レジへと連れてかれた。
値札はいつの間にか外され、レジに打ち出された金額に
は目を丸くした。
「ちょ、ちょっと……私こんなに払えない! っていうかなんで服ってこんなに高いの!?」
と言っている間に青年は当たり前のように清算を済ませ、当たり前のように店から出て行ってしまった。
おろおろと慌てながらも
は青年を追いかけ、必死で腕を掴んだ。
「ま、待って! ご飯代ならともかく、そんな金額……!」
「これでさっき大笑いしたの許してくれるな?」
「え……?」
「女の子が勇気絞って出た行動、大笑いする男なんて最低だろ。だからせめてもの詫びだよ」
青年は苦笑いを浮かべてまたぽふぽふと
の頭に軽く触れた。
今更ながら
は自分の顔が火照っていくのに気付いた。
次に連れてこられたのはいわゆる大衆食堂。近辺に住んでいる一般人からどこから流れ着いたか分からない者、銃器や刃物などを携帯した傭兵など様々な人でごった返していた。中には
と同い年ぐらいの女の子もいた。
もっと都市に近い街に行けばレストランなど綺麗な場所もあるを知ってはいたがそこまでは遠く、またそういう街は自分達のような貧民をゴミ当然にしか見ない人々が集まる場所なので居心地悪い。ということで
自身がこの場所を選んだ。
「前からフルーツの盛り合わせが食べてみたかったんだ」
自分の目の前に出された色とりどりの果物の入った容器を見て
は心躍らせた。今の時代色鮮やかな果物は形がなっていなくても高く、大衆食堂とはいえ今の
には到底手がさせないものだったからだ。
「俺、苺とか好きだぜ」
「え、すっごく意外なんだけど」
思わずクスクスと笑いが漏れた。大の男の人が苺が好きなんて。
「あれ、鎖じゃん!」
「おおおー!? 何、その子、カノジョ!?」
突如話しかけてきたのは片目を眼帯で隠しヘルメットを被った人とニット帽を被った人だった。
「カレーとアーツか。珍しいな、お前らがここに来るなんて」
「こうでもしないとカレーが引き篭もったままだから――ってオレの質問無視すんなよ!」
「アーツはなんでも首突っ込みすぎ」
アーツと呼ばれたニット帽の人が騒いでいる横でカレーと呼ばれたヘルメットの人は呆れていた。
その後少し会話を交わした後二人は(カレーがアーツのことを引っ張ってだが)
達から離れていった。
「鎖、って名前なんだ、お兄さん」
「まだ言ってなかったか?」
「うん」
わりぃわりぃ、と言いながら鎖は苦笑いを浮かべた。
気が付けば容器の中身はほぼ空で、でもまた完全には空腹は満たされないのか
はちらりと鎖の顔を見る。
「遠慮すんな。買ってやるって言っといてアンタに払わせるなんてしねーよ」
「それじゃあ、遠慮なく」
数分後テーブルは皿で埋め尽くされ、その約七割を鎖が食べるハメになった。
「アンタ、食べきれないなら頼むなよな……」
「えへへ。ごちそうさまでした」
やれやれという顔をしているものも、あれだけ食べても鎖はまだ平気そうだった。
「それにしても……なんで俺なんかに身売りなんかしようとしたわけ?」
「え……」
思わずギクリと
は肩を震わせた。
なんとか言い逃れようにもじーっと見られていてどうしようもできず、溜息が出てしまった。
「お金、持ってそうだったし……」
ちらりと
は鎖の顔を見た。
「……は、初めては、カッコイイ人がいいじゃん……!」
顔を俯かせるも、かぁっと耳まで紅くなって顔が真っ赤になっているのがわかる。
「……?」
何も反応が返ってこない。
不審に思いちらりと顔をあげると、鎖はこちらに背を向けて必死に笑いを堪えているようだった。
「
、やっぱ……面白い奴だよ、アンタ……くくっ」
「い、一応は褒めてるじゃない!! 笑わなくても……!」
ふん、と膨れっ面になってそっぽを向く。そう何度も笑われればやはり傷つく。
すると不意に頭の上に手が乗せられて軽く撫でられてるのが分かった。
「わりぃわりぃ。悪気はねぇんだけどよ」
「あるって分かったら殴ってる!」
「そんぐらい威勢があるなら身売りなんてもうするなよ」
えっ、と振り返ればそこには笑顔の鎖がいて、また顔が熱くなる。
「俺、この後仕事だから」
「……今日は、ありがとう」
呟くように
は言った。
鎖に聞こえていたかは分からないが、彼は特に振り返る様子もなく街の雑踏の中に消えていった。
もその背中を見送ることなく歩いていった。
空は既に夕闇に染まっていた。
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